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横浜案内板集め

  • 2020年7月14日
  • 2020年7月13日

西洋理髪発祥の地かなり不思議な山下公園のZANGIRI頭像

この日は工事中でザンギリ像にもイエローテープが……。 ちなみに以前撮影へ訪れた時は老夫婦が像の前で休んでいたので、大人しく退散してきました。(2度目でもツイてなかったか) 山下公園にあるザンギリ像はとても大きいですが、磯子区の神奈川県利用会 […]

  • 2020年7月13日

旧横浜居留地48番館に残る関東大震災の傷跡

横浜最古の洋風建築物。創建から大正15年までモリソン商会の建物として用いられていた。関東大震災で、当初の2階建てが平屋となり、平面規模も6割に縮小されている。石灰製の目地を持つフランス積で、設計尺度はメートル法が用いられている。北側主入口のアーチ上部に創建時と見なされるキーストーンが置かれている。

  • 2020年7月10日
  • 2020年7月12日

これを見れば横浜がわかる横浜のなりたちと歴史年表

横浜の歴史を大事なところだけ、わかりやすくピックアップしています。(随時更新中) 横浜がどう発展していったのか、知れば知るほど興味深いのが横浜の歴史ですね。 どうやって横浜は人口370万人もの全国市区町村でトップの大都市になったのか、横浜発 […]

  • 2020年6月28日
  • 2020年7月11日

浦島太郎伝説で有名な慶運寺の案内板【神奈川宿歴史の道その19】

慶運寺は、室町時代に芝増上寺第三世音誉聖観によって開かれた。京の連歌師谷宗牧は、『東国紀行』の天文十四年(一五四四)三月三日の条に「ほどなくかな川につきたり、此所へもこづくへの城主へいひつけられ、旅宿慶運寺にかまへたり」と書いている。開港当初はフランス領事館に使われた。

  • 2020年6月15日
  • 2020年7月11日

象の鼻パークに行けば横浜の歴史まるわかり

象の鼻パークをウロウロしていると、かなりの数の案内板を発見できました。このエリアだけでかなり横浜通になれるんではないでしょうか。象の鼻防波堤 安政6年(1859)の横浜開港に伴い、幕府は開港場の中央部に波止場を建設し、その中心地点に運上所(税関)を設置しました。この波止場は、2本の突堤が岸からまっすぐに海に向かって突き出た簡素なもので、東側の突堤は外国貨物の、西側の突堤は国内貨物の積卸しに使用されました。

  • 2020年6月9日
  • 2020年7月11日

中華街で日本初の新聞、日本国新聞発祥を巡る

横浜中華街に自転車で行ったの初めてだな〜 関帝廟通りにある横浜中華保育園の前に設置されている碑です。 日本国新聞発祥之地 日本における新聞誕生の地 ここ、横浜の元居留地一四一番は、一八六四(元治元)年六月二十八日、ジョセフ彦が、「海外新聞」 […]

  • 2020年6月8日
  • 2020年7月11日

初代横浜駅は桜木町駅だった 鉄道に貢献した人々

日本で初の鉄道を作るために明治3年(1870年)に鉄道資材を英国から購入し横浜港で陸揚げされ建設が始まった。その2年後の明治5年(1872年)5月7日、この地に初代横浜駅が建設され、横浜、品川間に最初の鉄道が開業した。

  • 2020年6月7日
  • 2020年7月11日

ライオン頭の趣ある水道、中区の獅子頭共用栓

中区にある獅子頭共用栓です。他に南区の方にも獅子頭共用栓あるようです。 こっちも見に行かないと。 獅子頭共用栓はヘンリー・スペンサー・パーマーが設置したものですが、こちらはレプリカなんですね。 ヘンリー・スペンサー・パーマーについては野毛の […]

  • 2020年6月6日
  • 2020年7月11日

シックなデザインが印象的な旧横浜銀行集会所

アール・デコやE.L.ライトの影響を受けたと思われるファサードのデザインが巧みなうえ、細部のテラコッタの装飾もまた秀逸で、まことにシックなデザインである。