横浜外国人墓地 横浜・日本文化に貢献した方々が眠る

日本でも有名な墓地の一つであろう横浜外国人墓地。
墓地でありながら観光スポットとしても取り上げられるほどです。

運営は公益財団法人横浜外国人墓地が行っており、広さは5,600坪にもなります。
今の横浜が出来るまでに多くの外国人の方が貢献発展に関わっており、そういった方々も眠っているお墓です。

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外国人墓地

もと増徳院の境内であったこの地は、安政元年(1854)2月、日米和親条約(神奈川条約)をむすぶため来日中のアメリカ使節ペリー一行のうち、客死した海兵隊員を葬ったのに由来し、横浜開港後、居留外国人の葬地となった。

生麦・井土ヶ谷両事件の被害者を始めとし、明治初期、日本文化に貢献したワーグマン、モレル、ヘールツなどが眠っている。

歴史の教科書でも有名な生麦事件の地3ヶ所を巡ってみた
町の裏路地にある大事件!井土ヶ谷事件の跡
チャールズ・ワーグマン
イギリス人の画家・漫画家
幕末に記者として来日したワーグマンは、様子・事件・風俗を描き残し、ポンチ絵の元になった日本最初の漫画雑誌のジャパン・パンチを創刊した。
エドモンド・モレル
1870年(明治3年)、鉄道敷設を計画していた明治政府により、初代鉄道建築師長として雇用され、イギリスより来日した。
日本の国内事情をくみとりながら鉄道の敷設指導や人材の育成に尽力し、日本の鉄道開業に大きく寄与した。
初代横浜駅は桜木町駅だった 鉄道に貢献した人々
アントン・ヨハネス・ヘールツ(ドイツ語読みだとゲールツ)
オランダの薬学者
日本薬局方の草案を起草するなど近代日本の薬事行政、保健衛生の発展に貢献。
横浜司薬場の薬品試験監督に任命され、コレラが日本で大流行した際、伝染病予防規則の制定を促すなど衛生行政の基礎確立に寄与した。
妻は日本人の山口きわ。妻も横浜外国人墓地に眠っている。

ひときわ目立つピラミッド

あまり人のお墓を撮るのは良いことじゃないとは思いますが、ピラミッド型のお墓があります。
これはカトリックの司祭や司教のお墓です。

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