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「歴史」の検索結果76件

  • 2020年5月19日
  • 2020年7月12日

旧横浜正金銀行(神奈川県立歴史博物館)の案内板

明治大正期に活躍した建築家、妻木頼黄の代表作の一つで、本格的様式建築。正面及び両側隅部には大きなペディメントを設け、壁面は窓ごとに大オーダーの柱形を出してバロック的効果を強調している。関東大震災前の横浜の経済的繁栄を象徴する建物で、国指定の史跡でもある。

  • 2020年5月17日
  • 2020年7月13日

案内板が大量にあった神奈川台場跡の案内板【神奈川宿歴史の道その30】

安政六年(一八五九年)五月、幕府は伊豫松山藩に命じ、勝海舟の設計で海防砲台を構築した。当時の台場は総面積二万六千余平方メートル(約八千坪)の海に突き出た扇形で、約七万両の費用と工期約一年を要し、萬延元年(一八六〇年)六月竣工した。

  • 2020年5月17日
  • 2021年2月5日

霊現象があるかも笠程稲荷神社の案内板【神奈川宿歴史の道その28】

笠程稲荷神社は、社伝によると天慶年間(九三八〜九四七)に稲荷山の中腹に創祀され、元寇に当たっては北條時宗より神宝を奉納されている。元禄二年(一六八九)に山麓に移られて、霊験ますますあらたかとなり、社前を通行する者の笠が自然に脱げ落ちるということから笠脫稲荷大明神と称された。後に笠程稲荷神社と改称され、明治二年に現在地に遷座された。

  • 2020年5月17日
  • 2020年7月12日

良泉寺の案内板【神奈川宿歴史の道その27】

良泉寺は海岸山と号し、浄土真宗大谷派に属す。本願寺第八世蓮如上人に帰依した蓮誉が、小机付近の旧街道沿いに草創、慶安元年(一六四八)入寂したこの寺の第四世良念の代に、徳川幕府より境内地の施入を受け、現在地に移転したと伝えられる。

  • 2020年5月17日
  • 2020年7月12日

神秘的な仏像が祀られた能満寺の案内板【神奈川宿歴史の道その26】

能満寺は、海運山と号し、古義真言宗に属す。正安元年(一二九九)内海新四郎光善というこの地の漁師が、海中より霊像を拾い上げ、光善の娘に託していう霊像のことばにしたがって建てたものがこの寺であるとの伝承がある。本尊は高さ五寸(十五センチ)木造坐像の虚空蔵菩薩で、海中より出現したと伝えられる。