
日本最初の関帝廟
三国志で有名な関羽(かんう)が祀られています。
関羽は中国後漢末期に活躍した武将で、蜀が誇る五虎大将軍の筆頭でした。
関聖帝君と言う名で神格化されています。
横浜の時代とともに歩んできた関帝廟
現在の関帝廟は4代目で、時代とともに移り変わってきました。
初代關帝廟
1862年、關羽の木像を抱いた中国人が祠を開きました。
その後、華僑たち(中国から移住した中国人や子孫)の募金によって本格的な關帝廟が建立されました。
2代目關帝廟
関東大震災の被害は中華街一帯でも大きく、關帝廟も倒壊してしまいました。
華僑も多くの方が亡くなり、助かった人たちは故郷や神戸、大阪などに非難することになりました。
横浜の復興とともに華僑は戻り、1925年に2代目關帝廟を再建させます。
その年の12月23日に、上海から送られてきた關帝の鋳像を安置して、開扉式が執り行われ、出席者の中には伊勢山大神宮の神官が臨席しています。
第3代關帝廟
1945年の横浜大空襲により、横浜中華街は焦土と化してしまいました。
關帝廟も消失してしまいましたが、戦後に復興が始まり、1947年に竣工しました。
第4代關帝廟
1986年の元旦に關帝廟は火災にあってしまいますが、關羽・観音媽・地母娘娘の諸神明像は無事でした。
横濵關帝廟再建委員会が組織され総力を上げて再建に着工します。
募金は6億円にのぼり、1990年8月14日に現在の第4代關帝廟の開廟式が開かれることとなりました。
参拝方法
受付でお線香と金紙を購入し、お線香に火をつけて香炉へ順番に1本ずつお供えしていきます。
玉皇上帝
国泰平安
關聖帝君
商売繁盛・入試合格・家内安全・学問
地母娘娘
除災・健康
観音菩薩
解難・健康・縁談・安産
福徳正神
金運・財産保全
まさにお線香をお供えしただけで、パーフェクトなお祈りですね。
金紙は供物台にお供えしておき、参拝後に金炉で燃やします。
その後、本殿の関聖帝君・地母娘娘・観音菩薩・福徳正神を順番に参拝し、神前にひざまずいて合掌します。「玉皇上帝」は天空に住む神様なので、南の正門に向かって参拝します。
その際、住所・氏名・生年月日を告げましょう。
神社でもそうですが、お祈りをする時は自分のプロフィールを神様に伝えるというのが割と重要だったりするようです。
媽祖和讃
媽祖様は
むかって右に千里眼の神
千里の先まで目を凝らし
むかって左に順風耳の神
風の便りにも耳を澄まし
人生渡航
航海の安全をはかる
むかし船
いまは飛行機
さりながら
道中の不安は同じ
無事を祈らむ
媽祖の祭神
平成十九年十一月
進藤彦興 讃
進藤彦興さんって何者!?
篠原八幡神社でも出てきた進藤彦興さんを調べてみたところ、中華街にもあるチャイハネを展開した方なんですね。
そういえば、チャイハネでお香を沢山購入しました。
民俗学を学んでいた方だから、神社でお名前を見かけるのか!一つ謎が解けました。