長谷川伸の碑風景

桜の季節に来てほしい日ノ出町が生んだ文芸作家 長谷川伸の碑

長谷川伸の碑風景

日ノ出町にある長者橋に長谷川伸の碑があります。
春の季節になると花が咲き、とても趣のある碑になるので、オススメです。大岡川沿いは年々オシャレなお店が増えてきていますね。なかなかここら辺で飲まないので、黄金町にかけて攻めてみたいなと思っています。

長谷川伸の碑

だいぶ読みづらい案内板だったのですが、下に綺麗な案内板が設置されていました。
非常に助かります。

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長谷川伸の碑

新コは明治十七年、この土地、日の出町の大岡川にかかる黄金橋のたもとで生まれた。

生家『駿河屋』はヨコハマ市街地建設のため野州から移住してきた請負業である。

新コはこの地で関八州の渡り職人衆から渡世の礼儀を学び、また神奈川県自由民権運動の魁、相州真土村騒動の指導者たちから、民衆の側に立って闘う男の姿を学んだ。

三歳時に母と生別し、面影を慕って、のち『瞼の母』を生んだ。『駿河屋』の没落によって小学校低学年で学業をあきらめ、三菱ドッグ(現みなとみらい21)に波止場小僧として働きに出た。

外国人相手の土産物屋に飾られた浮世絵と、芝居小屋の看板を美術館とし、新聞の振り仮名で漢字の勉強をした。

幼くして舐めた辛酸と、海に面して国際性を、川に沿って民族性を、浜風が丘にあたって人情の露にかわる港町が新コの人間性を磨き、長じてしがねえ男女の情愛をいつくしむ真の大衆作家にした。

また治外法権の居留地のちゃぶ屋に、六連発拳銃を懐に乗りこみ、らしゃめんを開放する市井一箇の使者でもあった。昭和三年、『沓掛時次郎』の出現をもって、演劇界は黙阿弥の時代から長谷川伸の時代にかわる、『一本刀土俵入り』『雪の渡り鳥』『舶来巾着切』等が生まれる。

長谷川伸の義理人情世界は西部劇『シェーン』にも、日活渡り鳥シリーズにも、近くはニューヨークインディ派作家にも影響しつづける国際艶歌である。

大道芸の町野毛は、文藝において長谷川伸を師表とする。

一九九七年四月六日 桜吹雪の大岡川河畔にて。
平岡正明

長谷川 伸誕生の地 (一八八四 – 一九六三)

長谷川 伸誕生の地

明治十七年この地日ノ出町で生まれた長谷川伸は「沓掛の時次郎」「一本刀土俵入り」など新国劇の劇作家の第一人者であります

「一本土俵入り」より

御恩になった姉さんに
せめて見てもらう駒形の
しがねぇ姿の土俵入りでござんす

また歴史小説においては

世のために働きながら死後も報われない無名の人物を多く描きました

長谷川伸はこれを髪で作った碑、紙碑と呼び
代表作(日本捕虜志)は菊池寛賞を受賞しました

昭和三十八年 七十九歳で永眠

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2020年はコロナの影響でお花見が出来ませんでしたが、2019年に周辺で撮影した桜の写真がありました。
来年はワクチンができていれば良いなと願っています。

桜の木
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長谷川伸の碑風景
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