旧居留地消防隊地下貯水槽遺構

横浜が消防救急の発祥の地だった。日本大通りに残された貯水槽

消防救急発祥之地

日本大通りのとなりの大桟橋通りにある消防救急発祥の地の碑です。
日本初の消防車は横浜に配置されました。
直ぐ近くにある横浜市消防局中消防署のシャッターには大正2年頃の消防組織写真がペイントされています。

旧居留地消防隊地下貯水槽遺構

地下貯水槽は今でも水が溜まっています。
レンガ上に設置されているのぞき窓から確認できますよ。

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旧居留地消防隊地下貯水槽遺構の案内板

建造年:明治26(1893)年(推定)
構造:煉瓦造(イギリス積)
規模:底面3.19m×3.17m・高さ4.50m・貯水量28㎡

この貯水槽は、明治4(1871)年から明治32(1899)年までここを本拠地とした居留地消防隊(Yokohama Fire Brigade)の防火貯水槽として建造されたものです。

この地に居留地時代から100年以上も良好に保存され、昭和47(1972)年まで使用されました。

構造物としての特徴は、内部のヴォールト(アーチ)型の天井と十字の補強用の間仕切りにより4室に分かれていることで、役割を終えた現在でも地下水の流入により常時貯水されています。

またここは、居留地消防隊が本拠地として使用した後にも、日本初の消防車(大正3(1914)年)、救急車(昭和8(1933)年)が配置されるなど、日本における近代消防ゆかりの地ともいえます。

横浜市では、自治体消防体制発足時代の横浜市消防局本部が置かれ、平成6(1994)年まで日本大通消防出張所として100年以上の消防の歴史があるこの地の貯水槽を保存し、展示しています。

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旧居留地消防隊地下貯水槽遺構
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